Appleにまつわる逸話をまた一つご紹介します。今週は、Appleのアイコンデザイナー、スーザン・ケア氏がスティーブ・ジョブズ氏のアイコンをデザインし、大変好評を博したことを受けて、カスタムアイコンの注文が殺到した経緯をお伝えします。
アンディ・ハーツフェルドは回想する(Folklore 経由):
1983年2月、私はスーザン・ケアがFinder用のアイコン作成に使うアイコンエディタの開発に取り組みました。ビル・アトキンソンがMacPaintに当時追加した「ファットビット」ピクセル編集モードにヒントを得たこのエディタは、32×32のグリッドを持つ大きなウィンドウと、アイコンを実際のサイズで表示する小さなウィンドウを備えていました。ピクセルをクリックすると反転し、その後ドラッグすると、ドラッグしたピクセル全体に変化が反映されます。
スーザンはFinderのアイコン制作に取り組み始めましたが、練習や趣味で、他にもたくさんの絵を描いていました。たいていは、彼女の気まぐれなユーモアセンスを反映していました。ある日、私は彼女の作業スペースに近づき、何を作っているのか見てみたところ、スティーブ・ジョブズの小さなアイコンに苦労しているのを見て驚きました。
アイコンは32×32の白黒ピクセル、合計1024ドットしかなく、そんな狭いスペースに素晴らしい肖像画を描くのは不可能だと思っていました。しかし、スーザンはなんとか、スティーブの個性を色濃く反映した、いたずらっぽい笑顔ですぐにそれとわかるようなアイコンを作り上げました。それを見せた人全員、スティーブ自身でさえ気に入ってくれました。
ビル・アトキンソンはスティーブのアイコンに大変感銘を受け、MacPaintのAbout Boxで使えるようにスーザンに自分のアイコンを作ってほしいと頼みました。スーザンがアイコンを描いている間、ビルは1時間ほどスーザンのブースに座って雑談を続けました。スティーブのアイコンほどうまくできたとは思いませんが、紛れもなくスティーブに似ていることは間違いなく、MacPaintの一部となりました。
その時点で、スーザンによってアイコン化されることは、Macチームのステータスシンボルとなりました。ビルのアイコンを見た途端、バレル・スミスは特に用途がないにもかかわらず、スーザンにバレルのアイコンを懇願し始めました。彼は数日間スーザンに働きかけ、いつもの「ベストフレンド」の申し出(「I'll Be Your Best Friend」を参照)をしましたが、ついにスーザンは折れ、彼にアイコンのポーズを取らせました。残念ながら、ここに掲載するバレルのアイコンのコピーは見つかりません。
スーザンは、千点のドットの中に永遠に残したいと願うチームメンバーのために、さらに数枚のポートレートを撮影しました。彼女はたいてい午後遅くに作業に取り掛かり、被写体がポーズをとる間、他のチームメンバーが耳を傾ける中、彼らと会話を交わしていました。こうした撮影を通して、私はチームメイトの何人かとより深く知り合うことができました。
ですから、当時のAppleではアイコン的存在になることは一種の通過儀礼のようなもので、誰もが切望していたものでした。スーザン・ケアは最近、サムスン裁判で証言したことで話題になりました。